伝統文化・伝統芸能「鎌倉時代」
公家の服飾に比べると、だいぶ簡略化されたものであるが、まだ装束としての名残を残した。袖の大きい上衣・袴から成る、下着の小袖はまだその表に現れていない。又、これが更に略され小袖が現れたものに肩衣袴と胴服系のうわ着がある。肩衣袴は後世の裃、上(肩衣)と下(袴)が1つになり同じ共裂で仕立ててあるものの意味。この原形で、この肩衣と言う袖なしの上衣の出来た事については、素襖の袖を短く切ったものであるとも言われているが、本来このような袖なしの短衣は、庶民の服飾の中には、非常に古くからあったものである。これが武家の服飾の中に整った形で現れたと考えられる。即ち形は上衣と袴の態を具えてはいるが、すでに下の小袖が大部分服飾の表面に現れ、袖なしの肩衣は、むしろこれの補助衣的な役に廻った見方である。それで、初めは当時の庶民の着ている胴着のような形の残ったごく簡単なものであった。しかし、次第に形が整備されて行く。この頃、輸入織物は赤地錦、青地錦、唐赤地錦、紺地錦、紫地錦、白地錦、黄地錦から金、銀襴に金紗又、呉綾、魚綾等の宋錦院の輸入品を主としたが、北条時代から南北朝にかけて、輸入も少なくなってきたせいか、呉綾等の直垂は、著用を禁止する等の制度を設けた時もある。

すずらん(鈴蘭、ユリ科)、スズランの名は、この花の形からである。一名、キミカゲソウ(君影草)と言う名も、これは西洋産のスズランに付けられた名で、西洋には、又「谷間の姫百合」等と言う愛称もある。このスズラン属は、ヨーロッパ、温帯アジア、アメリカにかけて分布しているが、種としては、ただ、一種で日本に自生しているスズランもこの変種。日本では、主に北海道や本州中部以北、北の山々に生えている。最も多いのは、北海道で北海道の郷土の花に選ばれている。花言葉は、「幸福の復帰」。ヨーロッパでは、これを香水の原料にも使っている。

筍飯…筍が店頭に並ぶと、そのシーズン中何回かは、筍飯を炊く。油揚や鶏で出しをとり、醤油の薄味、蕗等と合わせて加薬飯にする事も。
冷麦…熱麦に対して。冷やしためんと言う意味で、小麦粉を原料としてうどんと同じように食塩を加え、水でこねて薄くのばして、細かく切っためんの事である。
葛饅頭…葛粉を溶いたものを火をかけて練り、半透明に固まったのを皮にして餡をくるんで、饅頭の形としたもので、桜の葉に包んであるものが多い。
粽…糯米や粳の粉、葛粉等を水で練って、茅の葉、熊笹、竹の皮等で包み、藁、菅、藺又は、糸等で巻き、蒸した食物。五月の節句に神仏に供え、頂く。
粽解いて蘆吹く風の音聞かん (与謝蕪村)